北方型住宅のこと
見て触れる住まいづくりの教科書〈旧荒谷邸に寄せて〉

取材日:2022/04/15
北海道科学大学名誉教授 福島明氏
荒谷先生が博士論文「住居の熱環境計画への研究」により、建築学会の論文賞を受賞されてからそろそろ50年になります。ちょうど、私が荒谷門下生になった頃で、荒谷先生の言葉すべてが新鮮で、慧眼に満ちていました。ある時、先生が「これからの私の仕事は普及啓蒙だ」と宣言され、寒冷地の住まいをどうにかせねばならないと、普及活動に邁進することになります。そして、初めて一般向けのパンフレットとして作った小冊子が、名著「採暖と暖房」です。初版は、ガリ版刷りの手作りで、当時大学院生だった東海大学名誉教授の大野先生と、いろんな挿絵を書いていたことを思い出します。その後、幾つかのパンフレットを書き加えて、2013年に「住まいから寒さ・暑さを取り除く」(彰国社)として、出版されています。そこには、住宅に携わる者にとって、襟を正して向き合うべき指摘が溢れています。あれほどの短いセンテンスの中に多くの示唆が詰まっているのは、推敲に推敲を重ね、語句を絞り出した結果なのだと思います。先生はいつも鉛筆で原稿を書かれていましたが、毎日机の上に消しゴムかすの小山ができていました。
同じ頃、建築学会の北海道支部に、「寒地住宅研究連絡委員会」を立ち上げています。現在の「北方系住宅専門委員会」です。いろんな分野の研究者や企業の担当者が参加して自由に議論する場を提供し、技術開発や啓蒙普及に大きな役割を果たしました。この委員会で行われた「寒地住宅の居住水準に関する研究」から、後に寒地住宅研究のバイブルとなる報告書が作成されました。北方型住宅運動につながる活動の原点です。こうした中で、荒谷登自邸は設計され、建設されました。厚い断熱の衝撃から始まり、様々なパッシブ技術が調和し、何故そこにあるのかを啓示していることに、未だに驚きを禁じえません。
荒谷登自邸は、幸運にも教え子のサデギアン・モハマッド・タギ氏に引き継がれ、私達に直接見て触ることのできる住まいづくりの教科書を提供してくれています。