住まいの話題

木のマンションリノベーション

築46年のマンションの一室が道産木材と自然素材で生まれ変わった。近年、既存住宅リノベーションが改めて注目されているが、中古マンションとなると思い浮かぶのはクロスの張替えや水回り設備の取り替えくらい。「うちには関係ない」と考える工務店は多いだろう。そうした既存のイメージは、この住まいを見ると払拭されるに違いない。無垢の木をふんだんに使い、戸建住宅のように画一的ではない温かみのある空間を実現している。オーナーご夫妻と設計を手掛けたHOUSE&HOUSE一級建築士事務所(札幌市)代表の須貝日出海氏に話を聞いた。

10種類以上の北海道の木を使って

札幌市中央区の閑静な住宅街に建つ築46年のマンション。木々に囲まれ、リビングの窓から望む藻岩山に四季の風情が感じられる。 この風景が気に入ったという施主のH夫妻は、小学生と保育園児の子供の家族4人暮らし。2020年8月に購入し、フルリノベーションを決意した。その年の12月に解体し、年明けの1月から施工を始め、5月に完成。移り住んで1年になる。 道産木材と自然素材をこれでもかというほど使った住まいの仕上がりに、「マンションでここまでできるとは想像もしていなかった」と笑う。

設計者の須貝氏は、「その土地のものを使う」ことを信条にしている。北海道の「住」を豊かにすることを目的にした職人集団「ひとまわり」の創設メンバーで、今回のプロジェクトはその仲間たちが集まった。施工もメンバーである木村建設(足寄町)の木村祥悟社長が引き受けた。宮大工の出身で、無垢材や自然素材の家づくりへの造詣が深く、大きな役割を果たす。「様々な木を使ってほしい」とのH夫妻の意向から、場所や用途によって10種類以上の道産木材が選ばれた。

 

道産木材と自然素材で仕立てたリビングダイニング

「柾目」の無垢板を

まず、床はカラマツの無垢材を用いた。仕上がりの美しさを考え、切り出しに手間がかかる「柾目」の無垢板を瀨上製材所(十勝管内幕別町)に特注。専務取締役の瀨上陽平氏もひとまわりの仲間だ。

マンションの管理規約により乾式二重床遮音仕様とする必要があったため、下地に乾式二重床システムの万協フロアーを採用し、その上に貼った。
壁はしっくいと土壁の左官仕上げだが、玄関など一部をエゾマツの板張りとした。また、シューズボックスやキッチン収納などのカウンター、テーブルは、すべて造作で樹種を異なるものにした。タモ、シラカバ、ニレ、セン、クルミ、イタヤカエデ、ミズナラ、エンジュ、サクラなど、まるで広葉樹の森のような豊かさだ。木々の間を風が抜けるようにイメージして、部屋のドアは引戸に変えた。調湿効果のある土壁とともに自然な心地よさをもたらす。

 

柾目無垢板の床が美しい

 

 

体験すればできることが分かる

「木のマンションリノベーション」は本州では一定の支持を得ているが、道内ではほとんど実績がないと須貝氏は見ている。理由は、「作り手側の問題にあるのでは」。
リフォーム業者は、無垢材を内装に使ったマンションに住んだ経験がないことが大半だろう。そのためビニールクロスやフローリングの張替え、水回りや暖房設備の更新など「従来の方法しかないと思い込んでしまっているのでは」という。

H夫妻も最初はフローリングを無垢材にしたくてリフォームの専門会社に話を聞きに行ったが、イメージに合う提案を得られなかったとのことだ。
須貝氏は、「ここを見てもらえたら、一般的なマンションリフォームと何が違うのか肌感覚でわかる」と話し、まず体験してみることを勧める。
マンションで無垢材を使うことに「難しさはない」と話す。遮音性を確保するための万協フロアーの施工も札幌に専門業者がいるので委託できる。無垢の木特有の反りや経年変化を施主が理解していればクレームになることもない。むしろ木で家づくりを行っている工務店の技術を生かすことができる。

また、予算がかけられ、「金額的にもきつい仕事にはならない」と須貝氏。今回のリノベーション費用は、床面積が89.33㎡で約2500万円。マンションが「木の家に変わる」ことに高い価値を見出し、対価を払う人がいる。現に、この住まいを見学に訪れた人から次の受注があったそうだ。住む人も作る側もできることが分かれば、潜在的な需要の掘り起こしが期待できる。
木のマンションリノベーションに興味がある工務店は、本州には実例が豊富にあるので見に行くのも手だ。

須貝氏によると、「兵庫県のマスタープラン一級建築士事務所は、木のマンションリノベーションを専門にしていて実績がすごい」という。代表の小谷和也氏は、各地で設計活動や講演を行い、メディア掲載も多数にのぼる。

 

玄関の壁一面をエゾマツの板張りに

 

見学したい人を自宅に迎え入れる

H夫妻は完成した自宅を、しばらくの間モデルルームとして公開していた。今は紹介などで見学したい人がいれば、迎えられるように配慮しながら住んでいる。
「自分たちだけで住んでいるのはもったいないと思った」とご主人。自身もそうだったが、リフォームする際にこういうものができると知らない人は多いだろう。伝えられたらと考えた。
実際、見学に来た知人から、「去年リフォームしたけれど、これを知っていたら違っていたのに残念」と言われたという。ご主人は、「こうした場所ができたら変わるのでは」と期待する。

リノベーションの間、H夫妻と子供たちは様々な体験をした。使われる木を加工する時は製材工場まで見に行き、その木を乾燥する時も再訪した。現場で施工が始まると毎週のように通った。左官職人がワークショップを開いてくれて、家族で土壁を塗った。

ご主人は「家づくりがとても楽しかった」と振り返る。そして、住んでからは本物の素材と完成度に凄みさえ感じたといい、「価格は高いかもしれないけれど、他と比べられるものではない」と語った。

 

土壁の和室

木が身近にある環境を子供たちに

奥様は、須貝氏に依頼する前に一般的なリフォーム会社へ相談したが、「違和感を感じた」という。例えば、「無垢のフローリングを貼ることができます」と言いながら幅木は樹脂製だったり、「マンションでよく使われるもので色はどれがいいですか」とそれを使うのが当然のように言われたり。型にはめるような提案の仕方には戸惑いを感じた。

そこから、ご主人が知り合いだった須貝氏に一から相談。奥様は須貝氏が建てた住宅を見学したことがあったため、任せられると安心感を持っていた。結果、思ってもみなかった住まいが完成。
「住んでからは自然なものに、より愛情を持つようになった」と奥様。子供にとっても木を身近に感じて暮らせる。カウンターごとに木の種類が違うから、「桜の上に○○があるよ」「白樺から○○を取ってきて」というような会話を日常的にするそうだ。

自身も子供たちも、「何気なく木の名前を覚え、触った感じの違いも分かるようになってきた」と話し、「こんな環境を子供に与えられて良かった。恵まれていると思う」と楽しそうに微笑んだ。

 

引戸で風の通り道を作った