ものづくりする人
マンションリノベの可能性
取材日:2022/03/10
建築家 畠中秀幸氏
近年は中古マンションを購入して自分たちでリノベーションを行う若い人たちが増えているが、歳を取って戸建からマンションに住み替えた人や、長年暮らしてきたマンションに住み続ける高齢者の中にも、もっと自分らしい画一的でない空間を望む人は多い。そんな中、札幌市在住の建築家、畠中秀幸氏は、中古住宅のリノベーションに特化したアルティザン建築工房(札幌市、新谷孝秀社長)とタッグを組んでマンションに唯一無二の住まいを建築した。マンションリノベーションの可能性について話を聞いた。
三つのゾーン
札幌都心にほど近い住宅街にある築25年以上のマンション。専有面積約100㎡の4LDKで、施主は50代の女性だった。同居していた母親が亡くなったことをきっかけに、一人暮らしへのリノベーションを畠中氏に依頼したという。 施主と母との思い出を損なうことなく、「残しながら変えていく」ことを設計のベースにした。プランを最小限の変更にとどめ、家具や小物はできるだけ生かした。一方、内装は大胆にデザインすることに。間取りをみると「玄関ホールと洋室3部屋」、「和室と洗面室や浴室、トイレなどの水回り」、「LDK」の三つのゾーンがちょうど縦割りのように配置されている。
玄関から最初に入る洋室ゾーンは「白」がテーマ。壁や天井に真っ白なクロスを貼り、床も白いフローリングにしてシンプルモダンに仕立てた。玄関に一番近い部屋はテレワーク対応のスペースとした。対照的に、その隣りの和室と水回りゾーンは「こげ茶」で建具を統一し、重厚な空間に。そこを抜けると、今度は「木」でしつらえた明るいLDKが広がる。
「出勤などで外出する際、リラックスするLDKからこげ茶の廊下で気分を変え、白の空間で気持ちを引き締めて外に出る。帰ってくる時は反対に、オンからオフへ切り替えながらLDKに至る」と畠中氏。三つのテイストを味わいながら回遊することで暮らしにリズムが生まれ、ハリのある生活になる。
京都をモチーフに
LDKのデザインはルーバーがメインだ。「京都のお寺や神社、祇園の街並み、嵐山の竹林などをモチーフにした」と話す。京都大の建築学科で学んだ畠中氏は日本建築に造詣が深く、また、施主も神社仏閣を好んだためという。 クロスを新しく張り替えたうえに、天井に「軒」のようにルーバーを張った。壁一面もルーバーで、隙間の好きなところに板を挟むと棚になる「可動式ディスプレイ棚」を設けた。合わせて、ダイニングテーブルやベンチなどの造作家具にもルーバーを取り入れた。
「同一の素材やデザインを用いることで建材も家具も一体化し、ルーバーの中にいる雰囲気になる。それが竹林や格子の建物にいるような感覚を引き起こす」
ルーバーの内装や造作家具は長さ3600㎜の胴縁材を270本使用し、大工が手をかけて仕上げた。どこも釘が見えないように工夫していて、マンションの一室とは思えない風情が感じられる。
工夫とデザインを
マンションのリノベーションは今回で3件目という畠中氏。体調不良から長らく休業していたが、久しぶりに住居系の設計を手掛けたそうだ。 もともと住宅よりも教会や博物館などの公共建築物の設計を主に行ってきた。2009年に六書堂(札幌市)の新社屋の設計で「札幌市都市景観賞」を当時最年少で受賞している。
建築家として活躍すると同時に音楽家でもあり、コンサートの企画や出演、吹奏楽の指導なども行っている。「音楽のような建築」を常に考えているといい、楽しいリズムが生まれたり、声や音が心地よく聞こえたり、コンサートのように人が自然に集まったりする空間づくりを大切にしている。
また、構造材が見える「現し」で作ることが多く、京都で学んだ日本建築の良さを北海道で展開することも設計テーマの一つだ。
マンションのリノベーションについては、「制約が多いので工夫とデザインが必要」と話し、「施工会社と建築家や空間デザイナーが組めば、おもしろいことができる」と期待する。
設備を更新してクロスを張り替えるだけでなく、そこにどう住まう人の満足を引き出す個性を加えるか。畠中氏のマンションリノベーションに一つの答えがある。