ものづくりする人
必然性に応えた家を建てる

取材日:2022/09/15
ATELIER O2(札幌市)代表取締役 大杉 崇氏
カーボンニュートラルをスローガンに住宅の性能向上が謳われる昨今、「性能を超えたところにある心地よさ」を見据える建築家がいる。ATELIER O2(アトリエ オオツウ、札幌市)代表取締役の大杉崇氏は、温熱環境を熟知しながら、そこにある風景と暮らしを結びつける住居を作ってきた。「人間にとって気持ちいいこと」を建築で表現する大杉氏に話を聞いた。
風景に寄り添う
最近の仕事は本州からの移住者のための住宅だった。場所は十勝エリアの中札内村。そこは農村地帯で、一家族の敷地内に母屋や納屋、倉庫などいくつかの建物が点在している。そんな風景にならって設計プランを立てた。
1万㎡の広大な敷地に、四角い箱のような建物を三つ並べ、渡り廊下でつなぐ。その際、敷地内にもともとあった3本の大樹をシンボルツリーとして生かし、室内から眺められるように建物の配置を決めた。
「その場に対する必然性を大事にしている」と大杉氏。無理にデザインするのではなく、地域や風景に寄り添うと必然的に答えが導かれるような家を建てたい。「北海道らしさ」といった気負いもあまりなく、ただ北海道には美しい風景が多いので、それに対して開かれた家にしたいという率直な思いがある。
顧客はホームページを見て依頼してくる人がほとんど。ここ数年は、「移住者が増えたように思う」と話す。今はネット環境があればどこでも仕事ができる。北海道は住みやすいから、今後さらに注目が集まるのは自然と考えている。

大きな開口部を設け、森に溶け込むように作ったニセコの別荘
光熱費を考える
大杉氏は大学卒業後、高級注文住宅を手掛ける設計事務所に10年間勤め、2005年に独立した。当初から住宅性能にこだわり、温熱環境に関する知見を深める。北方型住宅や長期優良住宅にも取り組んできた。「自分が設計した家に長く住んでもらうためには、光熱費のかかる家を作ってはならないと思った」と振り返る。
実は大杉氏は、車ではジープが好きで昔から所有している。「ジープは形が良いが燃費は悪い。燃費が良くなったらもっと売れるのにとずっと考えていた」と言い、「自分の設計する家は、美しくて燃費(光熱費)も良ければ依頼が来るだろう。建築士として生きていけるだろうと思った」と笑う。それをずっとやり続けて今に至っている。

盛岡市の都市景観賞を受賞した「湖畔の家」
パッシブは構造
設計にあたって換気はパッシブシステムを採用することが多い。これも独立当初からで、当時、北方建築総合研究所(北総研)のパッシブ換気に関する資料を読んだのがきっかけだった。
暖房とパッシブ換気を合わせると基本的に暖房機器が室内に露出しない。インテリア的にきれいに収まる。高価な設備も使わなくてよく、合理的なところが気に入った。パッシブ換気システムを自邸の建築で試作し、カスタマイズして今のスタイルに落ち着いた。
パッシブ換気は難しいという人もいるが、大杉氏は構造の骨組を考えるのが好きだそうだ。構造の隙間などをすり抜け、どのように空気を流すか、空気になったつもりで楽しんでいる。

敷地に広がる森、草花や雪など自然の変化を楽しむニセコの住宅
ゆらぎのある家
今後の建築の方向性について聞くと、先日、車を運転しながらふと考えたことがあるという。それは、「人間はフラットだと気持ちよくないのでは」。例えば、風はゆらぎがあるから心地よく感じる。ずっと同じ風量であたっていたら気持ちよくないだろう。とくに日本は四季があるから気持ちよく、寒い時と暖かい時があるから情緒が感じられる。
住宅の温熱環境も全部が一定ではなく、場所によっては「ゆらぎ」があってもいい。人間に害を及ぼさない程度で「温度差」を作ってもいい。「断熱気密による快適な温熱環境はもう誰でも作れる。その次のステップを考えたい」と大杉氏は話す。
また、「北海道の光」の演出もずっと心に留めている。大杉氏は、自邸を設計した際に、冬場に雪面の反射光が入る家にしようと思ったそうだ。自邸の北側は森の斜面で、冬は斜めに雪が積もる。そこに対して開口部を設けると、日光が反射して部屋の中が一気に明るくなる。夏は緑が繁り、太陽のギラギラした光と熱を遮って室内は暗くしっとりする。
この自邸を見学して、「光を大切に設計してほしい」と依頼に来た施主も現れた。大杉氏は、設計する建物に「北海道の光を演出できれば自分としては成功」と語った。そして、「性能を超えたところにある心地よさを表現できたら豊かだと思う」と楽しげに先を見つめている。