住まいの話題

墓所の新しいランドスケープ

人口減少による後継者不在や墓じまいの増加など、寺院を取り巻く環境が大きく変わるなか、小樽市の徳源寺(吉田敬徳住職)は新たな樹木葬墓所「そわかの杜」を開設した。
設計・施工を手掛けたのはスケープデザイン北海道(小樽市、白石博顕代表)。「暗い」「近寄りがたい」といった従来のイメージを払拭し、地域性を取り入れた新しい墓所を目指したという。
樹木葬は、墓石の代わりに樹木や草花を墓標とし、自然に帰る供養。一定期間後に合葬されることが多く、墓の継承者がいなくても安心など今の時代に合ったスタイルとして注目されている。

 

吉田住職(左)と白石氏

明るく心地よい場所

「亡くなった方に笑顔で会いに来られるようなお墓を作りたかった」と吉田住職。造園会社を探す中で、スケープデザイン北海道のホームページに掲載されていた施工例に惹かれ、白石氏に話を持ちかけた。
公園のような明るい雰囲気にしたい。散策しても気持ち良い場所にしたい。そんな住職の思いを受け、白石氏は「お墓の概念を変えよう」と考えたという。
計画地は、寺の横の傾斜地。木が鬱蒼としげった雑木林で、古い石碑と33体の観音像が無造作に並べられていた。白石氏は、木を残しながら土地の高低差を設計要素として生かすことにした。
園路の動線上に幾つかの見せ場を作り、歩くごとに風景が切り替わるようにプラン。立体的に植栽を配置し、楽しみながら一番奥のメインの合葬墓へと導かれていく。まさに庭園のようなランドスケープが実現した。車椅子利用にも配慮し、段差を抑えたスロープ状のルートも確保している。

 

傾斜を生かした「そわかの杜」

 

ガラス浮き玉を活用

墓所のデザインの柱になったのは、小樽らしい素材の活用だった。吉田住職は、「小樽の歴史と土地の記憶を織り込みたかった」と話す。
徳源寺は歴史が古く、1862年に塩谷村に創立し、1897年に現在の場所に移転。本堂は小樽市指定歴史的建造物であり、また、収蔵の船絵馬が北前船の歴史的資料として日本遺産構成文化財に認定されている。笏谷石で作られた観音像も北前船文化を象徴するもので、寺は小樽の歴史に深く紐づいている。
小樽は、ガラス工芸が盛んな「ガラスの街」と言われている。白石氏は、その由来となった「ガラス浮き玉」を使うことを思いついた。かつて盛んだったニシン漁の道具で、小樽が発祥の地。現在は、浮き玉を作る技法を考案した小樽市の浅原硝子製造所が日本で唯一製造し、伝統を守っている。
ここに、新たに60個もの製作を依頼。個別墓所と個人・ペット共同墓に墓石の代わりに配置した。個別墓所の浮き玉の内部にはザゼンソウ、ミズバショウ、白樺の新芽など、北海道の植物を模したガラスのオブジェを収めた。
また、飼い主がペットと一緒に入れる墓所は、浮き玉の中にさらに小さな浮き玉を入れ、ペットを抱くイメージを表現した。光を反射するガラスは、時間や天候によってくるくると表情を変え、神秘的な雰囲気を醸しだす。

 

幻想的なガラス浮き玉

土地のストーリーを

ガラスと並ぶ小樽を象徴する素材に「小樽軟石」がある。運河沿いの倉庫群など重要な建築物に使われた石材で、小樽の景観を形作ってきた。 この小樽軟石を区画の土台など随所に使用。切り出しが終了しているため入手が困難だったが、白石氏は偶然にも解体予定の小樽軟石の倉庫を見つけ、必要量を確保できた。まさに、「奇跡的なタイミングだった」と笑う。

植栽も小樽にちなみ、市の花であるツツジを植え、四季の彩りをバランスよく配置した。春は桜、初夏にツツジ、夏の紫陽花、秋の紅葉など、春から秋まで連続して花や色彩が楽しめる。

「そわかの杜」は、お寺で開催する7月のマルシェイベントに合わせて完成した。来場者からは、「墓地のイメージが変わった」「ガラスの光が美しい」など好評を得ている。

吉田住職は、「小樽と寺に関わるものがつながり、土地のストーリーができた」と喜びを語った。 白石氏は、「お墓だからこうでなきゃというのではなく、いろいろな可能性が広がることが分かった」と振り返り、「今後、手掛けていくランドスケープのための良い経験になった」と笑顔で話した。